from 鳥取 – 37 - 4人でお餅をつく日野町。

(2009.12.16)
日野町から見た大山。伯耆富士(ほうきふじ)とも呼ばれる大山は中国地方最高峰です。
日野町舟場地区の風景。筆者の事務所から撮影しています。

もうすぐ、お正月ですね。

お正月と言えば、お餅。と思いつくのは、私が食いしん坊だからでしょうか?

美味しいものを探して、晩秋の日野町舟場(ふなば)集落を訪ねてみました。と言うのは冗談ですが、この日は、舟場集落の文化祭がありましたので、少しお邪魔してきました。

午前9時の気温は2度、遠く望む名峰・大山(だいせん)は雪が積もっています。舟場のコミュニティセンターの広場に、ハッピ姿の男衆が揃い、いよいよ餅つきの始まりです。

「今日は、冷え込んでいるから、餅が冷めやすいなあ、難しいなあ」と話をしているところに、蒸し上がった糯が臼の中に入れられました。

「ヨイヤサ」のかけ声とともに、一人が杵を振り下ろし引き上げると同時に、左隣の人が杵を振り下ろします。さらに、その左隣の人が杵を振り下ろす。という具合に、臼を中心にして、時計回りについていく「4人づき」が始まりました。
 

4人づきの様子。4人の息を合わせ勢いよくついていきます。

 
つき方のコツは、
向かった時に、臼の左側の奥を意識して、杵を振り下ろす。 
振り下ろした杵は、真上に上げるのでなくて、臼の縁で切るイメージで、手前に引く。
臼の中で、餅が回るようにする。
臼の縁をついたり、ほかの人の杵を打ったりしないように、焦らずゆっくりと、でも、餅が冷めないように素早く。
という感じですが、とにかく、4人の息を合わせることが大切です。

私も昨年、4人づきを体験しましたが、餅つき自体が初めてのこと、そう簡単には出来ません。勢い余って臼の縁をついてしまったり、臼が転がりかけたり、一臼つくと、息が上がるほどです。

この今では珍しい「4人づき」は、私の聞いた範囲ですと、日野郡のほかに、同じ県西部の米子市や西伯郡では、昔は、よく見られたようです。

中でも、日南町三栄(みさかえ)集落の、上三栄もちつき保存会の会長さんのお話ですと、「餅つきが上手い人は、専用の杵を持っていて、年末になると、正月餅をつくために、請われて集落内を回っていた。つきたての餅や酒を振る舞われたり、お正月を迎えるには、かかせない行事になっていた。」とのことです。

しかし、家庭用餅つき器が普及し始めた昭和50年代からは、ほとんど見かけなくなり、このような伝統のつき方が、今でも継承されているのは、日野郡だけかも知れません。

そして、日野郡の人は、餅が好きなのかも知れません。この日も、餅をこねるお母さん方が、休憩時には「餅が家にあると豊かな気持ちになる」「うん、うちは、お父さんが10月から6月の間は、餅を食べている」「餅を食べると幸せな気分になる」と、談笑をされていました。

つき方も、珍しいですけど、日野町の糯米は「鈴原糯」という珍しい糯です。この鈴原糯でできる餅は、ねばりがあって、でも喉ごしがツルンとして良く、大変美味しく、昔はよく栽培されていたとのことですが、稲の丈が高いため、倒れやすく、収穫できる量も少ないため、近年はほとんど栽培する人がいなくなりました。

しかし、この伝統の味を後世に伝えようと、JA鳥取西部(鳥取西部農業協同組合)日野支部の女性が、6年前に町内に農産物加工施設の大夢多夢(たむたむ)が出来たことをきっかけに栽培を再開し、幻の鈴原糯が復活しました。今では、日野町の餅と言えば鈴原餅、鈴原餅と言えば日野町特産品と言われるほどになっています。
 

日野町舟場文化祭で子どもたちが餅やそばを食べる風景。
日野郡で作られている様々なお餅。

ほかにも、日南町では自然薯が入った餅や、ベニズワイガニの粉末が入った餅など、変わり餅も市販されていますが、昨年も日南町の餅は、東京新橋にある「食のみやこ鳥取プラザ」(鳥取県のアンテナショップ)で販売され、女性に人気があったとも聞きますし、今年も宅配便の冬ギフトでも取り扱いがされていますので、機会があれば、是非、鳥取産のお餅をご賞味下さい。