土祭 Earth Art Festa 2009 in Mashiko 雑誌編集者、役場職員になる!? 前代未聞のまちづくりイベント『土祭』。

(2009.08.26)

今回初めて『WEBダカーポ』さんに原稿を書かせていただいております、岡崎エミと申します。ほんの先ごろ、昨年の12月まで、西新宿にありますリビングデザインセンターOZONEが発行する雑誌『LIVING DESIGN』の編集長をやっておりました。十数年、東京・雑誌編集者生活をして参ったわけですが、思うところあって、今年4月栃木県茂木町(もてぎまち)に引っ越しました。引越し先が決まったのが3月半ば過ぎのこと。そこから、家の改装の手配やら、近しい友人への引っ越しますという連絡をバタバタとやっていた3月の最終週のことです。茂木町の隣、益子町に住む『スターネット』というカフェ&ギャラリーを主宰する馬場浩史さんから電話があったのです。

「岡崎さん、役場に席をつくっておきました」
「はい????」

鳩が豆鉄砲を食らったときの顔とは、きっとこのときの私の顔のようなことをいうのでしょう。馬場さんとは、10年以上の知り合い。馬場さんを通じて知り合った友人が多く益子・茂木に住んでいるということもあって、引越し先を決めたわけですが、まさか役場に勤務になるとは! 編集者としてしか仕事をしたことがない私がお役所勤め!? 臨時雇用職員として採用されてしまったのです。ミッションは、秋のイベント『土祭/ヒジサイ』の運営。こうして、編集者が華麗なる(?)転身を遂げたわけです。そんな益子町役場の臨時職員の岡崎が、事務局メンバーとしてたずさわっている『土祭』についてご紹介します! 

飛騨高山のカリスマ左官職人挾土秀平さんと益子町民でつくる土の舞台。益子の土を使い、版築(はんちく)という方法で地層のような表情を生み出します。

『土祭』は、栃木県益子町が「ましこ再生計画」という計画の一環として、今年初めて開催されるアートイベントです。先述の馬場さんは、この土祭の総合プロデューサー。コンセプトワークから企画、アーティストや主要スタッフのセッティングなどを手がけております。『土祭』とは、名前のとおり「土」をテーマにしたイベントです。益子町は、民藝運動の創始者のひとり濱田庄司がアトリエを構えた「益子焼」で知られる窯業のまちであり、農業のまちでもあります。そんな益子だからこそ、原点である土、生命の源である土をテーマに、アート作品の展示や朝市、農村カフェなど、地元にあるものを素材に表現をしていこう、その中から、新たな益子らしい暮らし方というものを見出していこう、というのが土祭の目指すところです。ですから、アートイベントといっても、従来のアート作品の列挙というものではなく、ローカリゼーションのひとつの表現としてアートを取り入れているのが土祭といえるかもしれません。

改修物件のひとつ元むらた民芸店。窯を解体したときに出る耐火煉瓦を再利用し、床に敷き詰めてあります。耐火煉瓦いは釉薬がついており、とても美しい輝きをたたえています。
「土の彫刻」生井亮司さんの作品。乾漆とよばれる、7〜8世紀に隆盛した彫像技法でできています。乾漆は、粘土を焼き固め粉にした「との粉」でカタチをつくり、麻布と漆で固めたもの。「鑑真和像」などと同じ技法です。

会場は、益子駅から、陶器屋さんが連なる城内坂手前までの商店街。ご多聞もれず、益子でも大型店舗が出店し、打撃をうけた商店街には空き家、空き店舗、空き地が目立っております。そんな商店街を元気付ける、これも土祭の大きなテーマです。今回、2軒の空き店舗を土祭の作品展示の会場として改修し、土祭終了後も、ひとつは「自主運営ギャラリー」もうひとつは、「プラチナショップ(成熟世代の生き甲斐づくりとしてのお店)」として使われます。

商店街に活気がないのは、寂しいものです。しかし、それは単なる感傷的なものだけではありません。ここに商店街の重要性を熱く訴える人がいます。それは、今の私のボスで、お祭大好き! の益子町長大塚朋之です。

「益子の夏祭、祇園祭は、今も変わらず決まった日、7月23、24、25日に開催されます。他の市町村の夏祭りの多くは行政のサポートの下、行われることが多く、大抵土日にあわせて行います。一方、益子の場合は、祭を支えているのは、地元商店街に住む個人事業主です。こういった個人事業主が疲弊してくるということは、益子の伝統文化を支える担い手がいなくなるということ。文化を支えるという意味でも、商店街の復興はまちにとって、とても重要なことなのです」。

土祭にあわせて、商店でも休憩所を設置したり、無料お茶サービスをしたりと、お客様のおもてなしを予定。空き店舗問題に関しても、今年改修できる物件は2軒だけですが、土祭での経験を元に、さらに空き家、空き店舗の活用を考えていただければ、商店街の雰囲気も変わると私たちは考えています。土祭はこうしたまちづくりの第一歩なのです。

さて、そんな会場で繰る広げられる展示やイベントについてもいくつかご紹介しましょう。

益子駅に降り立つと、まず見えるのは、商店街のあちこちに掲げられる写真群「陶の里、益子の原風景」。これは、大正時代から昭和30年代の益子の生活風景を切り取った写真を大きなパネルに引き伸ばしたもの。かやぶき屋根が連なり、登り窯の煙が見える風景は、まさに益子の原風景です。

大正〜昭和30年代までのモノクロ写真を2×3mのパネルにして、会場である本通りの11箇所に設置します。

 
改修した物件のひとつ栃木緑建では、「土・益子、それぞれの表現」と題して、4人の現代美術家の作品を展示します。仲田智さんの作品では、益子焼のテストピース(釉薬の配合をテストする陶片)を使ったコラージュを。岩田智子さんは、益子に唯一残る手漉し粘土職人吉沢仁さんに半ば弟子入りし、その技を体にしみこませながら、粘土をつくる過程のものを切り取って焼くという作品を展示します。

商店街をぶらぶらしていると、ユニークな土人形ときっと目が合うはず。これらの土人形は、本通り商店街の半ばを過ぎたあたりの元酒蔵空き地に展示されている「益子の土人形」の会場の外へ流れ出た仲間。本会場では、益子在住のKINTAさんによる「益子の土人形」3000体が皆さんのお出迎えしてくれます。この土人形は、窯元さんから出る屑土をご好意で頂き、再生。益子の小中学生と一緒につくり上げたもの。KINTAさん曰く、「善意の集合体である土と将来を担う子どもたちの夢を乗せて、益子の未来を祈る思いでつくった」。子どもたちがつくった個性溢れる表情に注目してみてください。

益子在住の造形家KINTAさんと小中学生とでつくった3000体の土人形です。使用した粘土は、窯元さんからご好意でいただいた屑土を再生させたもの。

 
作品を見るのをいいけど、やっぱり土に触れてみたいという方は、ワークショップに参加しませんか? オススメのワークショップは、「光る泥団子」づくりです。左官職人榎本新吉さん直伝の光る泥団子は、左官の磨き壁の技術を応用したもの。ビンの口などで、クルクルと土の団子を磨き続けること30分。大理石のように輝く、土の球体ができるのです。子どもに大人気のワークショップですが、大人もかなり楽しめます。

「えっ、コレが土?」と誰もが思うような輝きが、ワークショップであなたにもつくれます。左官の磨き壁の技術を応用し、ピカピカに磨きます。

さて、お腹がすいたら、ぜひ「農村カフェ」にお立ち寄りください。「まるごと益子」をコンセプトとした、地場の野菜をつかったランチやティーメニューを用意しております。他にも、フリンジと呼ばれる町民企画ブースでも、地粉をつかったパンや無添加のハムなど、益子の味を楽しめます。

5時になったら作品展示も終了です。しかし、これからがもうひとつの土祭の幕開けです。今回のメイン会場でもある土の舞台では、夕方6時からライブイベントが開催されます。益子町内各地のお囃子やお神楽の披露、プロの音楽家によるライブを聞きながら、隣の「夕焼けバー」で一杯いかがでしょか? 益子の地酒に、益子の素材をつかったおいしいおつまみ、女子にはたまらない甘いものも用意してお待ちしています。

そのほかにも、映像作品の放映や音のインスタレーション、土の彫刻、さまざまな町民企画のブース、さらには、土セミナーとして、土舞台の製作監修をしていただいたカリスマ左官職人、挾土秀平さんのセミナーや土から環境、益子を考える土会議など学びの場も設けております。どこもかしこも土、土、土のオンパレードです!

益子で唯一のこる手漉し粘土職人の吉沢仁さん。今では貴重になった土にまつわる仕事を映像『土の人』に収め、蔵の中で放映します。
「土益子、それぞれの表現」と題して4人の現代美術作家が、土をテーマに作品をつくります。写真の岩田智子さんは、粘土職人の吉沢さんの仕事場に入り、ともに粘土づくりを体験し、その中から作品をつくりました。

イベント、ワークショップ、作品展示、キッズアートガイド、朝市、カフェ・バーと盛りだくさんの土祭ですが、これをすべてボランティアが運営していると聞いたら、本当にびっくりするのではないでしょうか?

今回の土祭は、「協働ボランティア体制」で運営されています。協働とは、行政と町民が、同じ目線で同じ目標に向かい働くこと。しかも、それをボランティアでやろうというのですから、益子はもとより、日本各地を見てもかなり画期的な試みです。5時半まで税務課勤務の人が竹のベンチを作ったり、農林係の人が休日はペンキ塗りにいそしんだり、役場の中の雰囲気も随分と変わってきました。それは、まちの中も同様です。はじめてのイベント、はじめての手法でやる祭に、事実、なかなか理解していただけないことも多かった土祭。しかし、プロジェクトチームに参加していている町民の皆さんの顔が、日に日に輝きを増していることに、私は本当にうれしい気持ちでいっぱいです(涙)。ひょんなことから、役場で働くことになった私。泣いたり、怒ったり、笑ったり……。ホント、ドキュメンタリー番組になるくらい(どこかの番組で取材して!!)、毎日が波乱万丈、編集者のときよりも忙しい毎日ですが、それでもがんばっていられるのは、このまちの人が、少しずつ変わっていく姿が素晴らしいからだと思います。こんな現場に立ち会えるなんて、人生とは、本当に不思議で、そして美しいものです。

益子町役場で働く著者。モノ・書類の多さは、編集部とあんまり変わらない?! 丸めがねに黒い事務手差しという「いわゆる」役場職員は一人もいませんでした(笑)。

自らの足元にあるものを表現し、それを、五感を使って味わうという新しいイベントの形――土祭。ぜひ、体験しにきてください。皆さんの中にある「母なる土」にも、新しい何かが芽吹いてくれたらうれしいです。

 

土祭[ヒジサイ]

Earth Art Festa 2009 in Mashiko
2009年9月19日(土)新月〜10月4日(日)満月
入場料:一般500円、 小中高生100円
問い合せ:土祭事務局 Tel. 0285-72-8846 Fax. 0285-70-1180(益子町産業観光課内)
主催:益子アートウォーク実行委員会
共催:益子町・文星芸術大学
企画・運営:土祭プロジェクトチーム

筆者プロフィール

岡崎 エミ(おかざき・えみ)

1973年横浜生まれ横浜育ち。1996年早稲田大学第二文学部美術専修卒後、㈱学習研究社入社。『ラ・セーヌ』編集部在籍。1999年フリーランスエディターとして独立。(株)リビングデザインセンター発行『Living Design』編集部に4年在籍しながら、『Casa BRUTAS』『Marie Claire』『Esquire』『Priv.』『I/N』などのコントリビューターとして活動。2004年3月住宅とライフスタイルの提案本『Design it yourself!』を㈱建築資料研究社より発行。2003年12月より㈱エスクァイアマガジンジャパン『Luca』編集部、副編集長を経て、2005年10月より『LIVING DESIGN』編集長に就任。2009年1月よりまちづくりやパークマネージメントなどを行う会社studio-Lのメンバーとしてstudio-L TOKYOを設立。ソーシャルデザインの分野をフィールドに、編集・ディレクション活動を開始。同年4月から栃木県茂木町に住まいを移し、益子町役場臨時職員として土祭の運営に携わり、現在に至る。