from パリ(たなか) – 38 - フランス大使館・最初で最後のアートイベント。

(2010.01.25)

昨年秋に東京広尾にある在日フランス大使館が新館に引っ越して、これまでの旧館は解体される運命らしい。(跡地には分譲マンションが建つようだ)どうせ壊してしまうのだったら、その前に旧館をフルに使ったアートイベントを企画して盛大に別れを楽しもう、ということになったらしい。昨年11月末から2月半ばまで“創造と破壊@フランス大使館 最初で最後の一般公開”と題したイベントが開催中だ。ちょうど一時帰国していたので先日見学に行ったが、いやあ、いろいろと面白かったです。さすがフランス。
*1月31日までの予定が、人気のため約半月延長して開催されることになりました。

フランス大使館は地下鉄日比谷線の広尾駅から天現寺方面へ7〜8分歩いたところにある。すぐ近くにある有栖川公園ほどではないが、大使館の庭は鬱蒼とした樹木に覆われている。塀の外からしか伺えないその広大な敷地をグーグルの航空写真で見ると、南麻布のこんないい場所にこれほどの緑地が残っていることに驚く。関東大震災の時に飯田町にあった公邸が被害を受けたので、徳川家の屋敷だった麻布に移転してきたらしい。今回のイベントでは旧館の室内だけでなく庭にも作品が展示されるようだから、野次馬としてはこの機会にアートだけでなく建築もぜひ見ておかなくては。

旧本館は、地下1階、地上3階の校舎のような細長い建築だ。長い廊下の片側に10畳ほどの意外と狭い執務室が15ほど並んでいる。斜面に建っているので上の階ほど長く、部屋数も多い。50年ほど前に竣工したらしいが、機能的で装飾性を排除した直線的なデザインは、どこかドイツ的な雰囲気が漂い古さを感じさせない。各部屋の窓は庭に面して大きく取られ、明るくて気持ちがいい。部屋の空間が人のサイズと見合っていて、こんな部屋で一人で過ごせたら気分いいだろうなと思わせる。時代に合わなくなったのであろうが、私は初めて見るこの建築が取り壊されるのは、なんだか惜しい気がした。

家具や什器も撤去されてもぬけの殻となった部屋には、かつて人が存在した時の痕跡や生活感がまだ色濃く漂う。廃墟になる前の、突然時間が止まったような不思議な空間。『NO MAN’S LANDノーマンズ・ランド』というのが今回のアートイベントのタイトルで、カタログによると「領域」の概念を探求するのがコンセプトらしい。フランスと日本を中心に70名ほどのアーチストが、館内の部屋、廊下、階段、洗面所、中庭など至る所で、それぞれの空間に合わせた作品を制作している、あるいは制作中だ。写真、ペイント、デザイン、彫刻、建築、プロジェクターを使った映像、インスタレーション、音楽、音響など、あらゆるジャンルのアートが展開されている。見学者が参加出来るワークショップや、私が行った時は気がつかなかったがダンスのパフォーマンスもあるらしい。それぞれの空間を“作品”として再生させたアーチストの存在感が、50年使われた空間の歴史に上書きされて、建物全体が有機的な生き物のような、不思議なエネルギーを発しているようだった。

入館料は無料だが、去年の夏までヴィザの申請窓口だった入口横のプレハブ小屋で販売している100円のタブロイド版カタログを手にして館内を巡回すると、理解の手助けにはなる。(注:在庫が残りわずかで売り切れ間近とのこと)とは言えモダンアートは、作者は分かっても、作品が理解できたかどうかは別問題。難しいと思うと思考が止まってしまうから、作品を見て素直に面白いとか、スゴイなとか、びっくりしたとか、気持ち悪いとか、なるほどねえこう来たかとか、それはないだろうとか、目と耳と手と頭を総動員して、自分なりに謎解きする気分で楽しめばいいんじゃないだろうか。欲しいなあとか、家に飾りたいなとかは、さすがにあまり思わなかったけど、モダンアートって、その場で体験するものだな、やっぱり。しかし、作品と建築が消えてしまうかと思うと、ちょっと寂しい。かたちある物は滅す、しかし体験した記憶は永遠だ。

ところで、パリでは10月頃にアトリエ開放と呼ばれるイベントがあちこちで開催され、アーチストの作品と制作現場(アトリエ)を期間限定で見学することが出来る。制作者の生活環境を覗くことが出来て、愛好家には作品と作家への理解度も高まり、とても面白い企画だ。フランス大使館での今回のイベントを見て回りながら、私はこのアトリエ開放を思い出した。美術館で鑑賞するだけのアートではなく、生活空間の延長で身近にアートに接することは、心身のリフレッシュにもなるし、老化防止にも役立ちそうな気がする。だから、というわけではないだろうが、館内には私と同年代(団塊世代)の女性グループや、定年退職した感じのカップルが目立った。日本の高度経済成長時代を牽引して来た世代がそろそろリタイアして、次には社会と自身の文化的な成熟に関心を持つことは悪くないなあと、声高に不景気だとばかり言われる今日このごろ、女性達の何でも見てやろうという積極性が、なんだか心強く思えた。

興味をもたれた方、2月半ばまで開催期間が延長されました。日比谷線広尾駅の出口1から徒歩7分。入場無料。私は午前10時の開館とともに入場しました。朝の光をいっぱいに受けた展示室はすごく気持ちがよかった。自分のペースで見て回って、ひととおり見るだけで2時間かかりました。館内にカフェもあります。面白かった作品の写真を掲載しますが、これはほんの一部です。今回キャプションはあえて付けません。

NO MAN’S LAND 創造と破壊@フランス大使館
期間:開催中〜2月18日(木) 入場料:無料
開館時間(入館は閉館30分前まで)
2月 木〜日曜10:00〜18:00
休館日:月〜水曜
場所:在日フランス大使館 東京都港区南麻布4-11-44
*東京メトロ日比谷線・広尾駅から徒歩7分
*NO MAN’S LANDのパスポート型ノートも販売300円