from 会津 – 2 - 南会津の小さな北欧、ゲストハウス・ダーラナ。

(2010.09.01)
壁にも幸せを運ぶダーラへスト。青い窓枠と白い漆喰のコントラストが美しい。

会津と北欧って、似ているかもしれない。

そんなことを思ったのは、たしか、七年ほど前にストックホルムの街を歩いていたときのことでした。

何が? どの辺が? と訊かれても、具体的にこれ!というのがないのですが、街全体が持つ雰囲気、光や空気の質感、ちょっとシャイな人々、そういったものに触れて、「ああ、これは似ているな」と直感したのです。緯度はずいぶん違うけれど、冬とともに生きる土地というところで、北欧と会津はつながっているのだろうと。

だから、 それからしばらくして、南会津に小さな北欧があると知ったとき、なるほどやっぱりと思ったのでした。

 

その小さな北欧は「ゲストハウス・ダーラナ」といいます。南会津町は旧南郷村に建つ一軒の曲家(まがりや)です。

曲家というのは、東北地方に伝わる伝統的な建築様式で、大きな茅葺き屋根、母屋と厩がつながったL字型の構造を特徴としています。かつて、人々にとって、馬は一緒に田畑を耕してくれる大事な仲間でした。だから、長く厳しい冬の間、家の外につないだままにしておくことはできず、家族と同じように大切に扱い、一つ屋根の下で暮らしていたのです。今ではほとんど見られなくなってしまった曲家ですが、奥会津地方には、まだわずかに残っています。

 

そんな曲家を、スウェーデンに長く暮らしたオーナーがリフォームし、宿泊施設を備えたレストランとしてオープンさせたのは1992年。北欧ブームが起きるずっとずっと前。古民家を改装して暮らすということがまだ珍しかった時代です。

たまたま通りがかった空き家の美しい漆喰に一目ぼれして、持ち主を探し出し、買い取って、改装したのだと、オーナーはいともたやすく言いますが、そんなに簡単ではなかったはず。南郷という土地とこの曲家への愛情の強さがうかがえます。
 

赤い大きなダーラへストがゲストハウスの目印。
この曲家には蒼い闇が似合う。
国道沿いに突然現れる曲家。存在感たっぷり。
大きな茅葺屋根。今は貴重な存在。

会津田島駅から車で約30分。やわらかな白い漆喰の壁に鮮やかな青い窓枠とスウェーデンスタイルのウォールペイントという印象的な外観、そして、真っ赤なダーラヘスト※が目印です。(※スウェーデン・ダーラナ地方に伝わる木彫りの馬。幸せを運ぶ象徴として親しまれている。)
 

瓦屋根とペイントが見事に調和。
ペイントの施されたドアが、いらっしゃいと迎え入れてくれる。
藁のダーラヘストがお出迎え。どこか日本的。
ミモザが春を告げる。

「こんにちは」と、館内に一歩足を踏み入れると、そこは、まるで別世界。アストリッド・リンドグレーンの本にでてきそうな空間が広がっていて、今にも、柱の影からピッピやロッタちゃんが現れそうです。

アンティークの砂糖入れ。
ぶら下がる銅鍋、カトラリーやカップなどが賑やかで楽しい。まるで絵本の世界。
梁に掛けられているのは、スウェーデンの固焼きパン。

ふと目をやると、テーブルや戸棚、梁の上など、あちこちに色とりどりのダーラヘストが隠れていて、思わず、他にもいないかなーと、キョロキョロ。見つけるたびに、幸せな気持ちになります。

台所と食堂は、かつて厩だった場所ですが、そんな風には思えないくらい、明るく開放的。爽やかなブルーのテーブルクロス、アンティークの小物やダーラへストたち、そして、ずっと昔から曲家を支える太い梁。そのすべてが見事に調和した居心地のいい場所です。

キッチンの上から。
食卓の上には親子のヘスト。
ヘストがいらっしゃいと声をかけてくれる。
美しく刺繍が施されたタピストリー。
薄暗い室内に鮮やかな炎が映える。
共有スペースには、大きなダーラヘスト。この家の守り神。

玄関から宿泊する部屋のある棟にまわると、先ほどの明るさとは対照的にほの暗い館内。すぐさま、陰翳礼讃という言葉を思い出しました。

耳を澄ますと、パチパチという音。そう、囲炉裏です。茅葺きを守るため、朝から晩まで囲炉裏には火を絶やしません。立ちのぼる炭の香り、そして、ひんやりとした空気。窓からはやわらかな光が射し込んできます。自然と心が静まり、時の経つのを忘れてしまうひとときがここにはあります。
 

 

ブルーのイヤープレートが漆喰の壁にしっくり馴染んでいる。
天井まで燻された空気がのぼっていく。
囲炉裏の火を絶やさぬよう、薪をくべる。こうして、茅葺は守られている。
窓から射し込む、やさしい光。

そうそう。ダーラナでは、チェックインとチェックアウトの時間も、食事の時間も決まっていません。時間に振り回されずに過ごしてほしい、そんなオーナーの思いが感じられます。お腹がすいたときに食事をとり、眠くなったら眠る、ここでは、そんな自然のリズムに身を委ね、のんびりと南会津時間を過ごすことができるのです。

夕闇が迫ってくる頃、台所から「食事ですよー」と声がかかります。

ダーラナでふるまわれるのは、伝統的なスウェーデンの家庭料理。六本木のスウェーデン料理店『リラ・ダーラナ』のオーナーで、在京のスウェーデン大使館、ノルウェー大使館のレセプションなどでも腕を振るう大久保清一シェフとスタッフが、地元の素材を生かした心尽くしの料理でもてなしてくれます。

春は山菜、夏は全国的にも知られる地元・南郷のトマト、秋はきのこやジビエ、冬は保存食。さまざまな会津の食材がスウェーデン料理のなかで生かされます。

どれもこれも美味しいのですが、自家製ニシンのマリネには驚きました! スウェーデンで食べたものより、ずっとずっと美味しかったんです。臭みも酢のツンとした感じもなく、とにかく滑らかで舌がとろけそうになりますよ。
 

コーヒーもやっぱり北欧の器でいただきます。
焼き立てほかほか、自家製パン。
スペシャリテのひとつ、シュリンプのサラダ。
エゾジカステーキは野趣あふれる力強い味わい。

長くスウェーデンで暮らしてきたオーナーの大久保さんは、「北欧と会津はどこか似ている」といいます。古いものを大切に生きている人々、冬に生きる人々、本来あるべき暮らしを大切にしている人々が住まう、伝統的な生活習慣が守られている土地である、と。

自然に寄り添って生きる。そんなあたりまえの暮らしを南会津で思い出してみてください。

 

ゲストハウス・ダーラナ
Tel:0241-72-2838
住所:福島県南会津郡南会津町東字居平426-1
料金:1人10,500円〜(1泊2食つき)