from パリ(たなか) – 10 - 夏至の夜の音楽祭1 リュクサンブール公園のジャズ。

(2009.07.06)
マロニエの木が碁盤目に整列して、気持ちのいい緑陰を作っている。白い花の季節にパリに来たが、今では青い実を付けている。この広いマロニエの森にある屋根付きの円形音楽堂が演奏会場らしい。広い公園のあちこちに置いてある鉄製のベンチを抱えてきて、会場の周りに陣取り、開演時間を待つ。

フランスでは毎年、夏至の日を音楽の祭りにして国中みんなで楽しもうと決めちゃったらしい。Fete de la musique(フェト・ド・ラ・ミュージック)と呼ばれる音楽フェスティバルがそれ。ロック、ポップス、ジャズ、ラップ、テクノ、ブルース、クラシック、ラテン、アフロ、なんでもあり。プロアマ問わず、この日だけは誰でも音楽家。ミッテラン大統領時代に文化大臣だったジャック・ラングの発案で、もう28年目になるそうだ。シャンソンみたいなフランスが本家の音楽だけでなく、移民者が多い国柄もあってか、世界中の音楽の国境もジャンルも越えて楽しむという姿勢がすごくいい。さすが自由、平等、博愛の国。

年々盛り上がってきているらしく、国家的イベントとしては大成功。ジャック・ラング氏は音楽だけでなく、美術や演劇、マンガなどアート関連の国家予算を増やして、“誰もが楽しめる芸術”を目指したようだ。いい大臣だったんだなあ、おかげさまで私もパリの美術館を気軽に楽しむことができる。

フェスティバル当日は午後から深夜(明け方?)にかけて、パリ中の公園や広場、道端、教会、ホールなど、至るところで音楽が演奏されるというので、パリ版『ぴあ』みたいな芸能情報誌で調べてみた。同時多発的にあちこちでいろいろやっているので、目移り、いや耳移りがする。正式情報としてプログラムに載ってないゲリラ(?)音楽も多いらしく、とにかく街を歩いてみないとわからない。悩ましい選択だが、初めての体験だし、まだ土地勘のあるパリ6区のサン・ミッシェルを拠点に聞き歩くことにした。

『真夏の夜のジャズ』というニューポート・ジャズフェスティバルの映画があったが、ジャズと夏は相性がいい。リュクサンブール公園の花壇の花も、ペチュニアなどの夏仕様に変ってジャズによく合う、というのはちょっと強引かな。フェニックスが南国ムードいっぱいだが、ここはパリ6区のど真ん中。遠くに見える丸いドームは5区にあるパンテオン、その先はカルチェラタン。
公園の中央にある八角形のプールでは、子どもたちが水遊びに夢中。おもちゃのヨットが夏の風を帆に受けて、水面を涼しげによく走る。子ども達は竹の棒を持って船を追いかける。日本ではあまり見かけなくなった風景だ。ヨットを見ているうちに、その昔流行ったハービー・ハンコック『処女航海』のジャケットを思い出した。新宿あたりのジャズ喫茶でよく見かけたものだ。
午後3時、ポスターでの予告通りにスタート。スティールドラム(スティールパン)の演奏で、曲名は分からなかったが南の島の、カリプソみたいな音楽。トリニダード・トバコの楽団が演奏したスティールドラムのCDを持っていたが、生で聞くのは初めて。森中に響き渡るような、柔らかいが図太くもある大音響が腹にしみる。この楽器はドラム缶をたたいて、中華鍋みたいな半球のパン状にして、太鼓のように先が丸いバチで叩く。薄いドラム缶は高音のパート、ドラム缶そのままだと低い音が唸るように響く。音からして陽気で楽天的なリゾート気分。楽団員は中学生くらいからおじさんまで、たぶんアマチュアバンドに違いない。みんな一心不乱に叩く姿が見ていて気持ちいい。
マロニエの森の一角でリハーサル中のギターカルテット。アップテンポのジプシースウィングと言おうか、ジャズっぽいノリが私の好みだったので背中合わせにベンチに座り、しばらく聞いていた。ジャンゴ・ラインハルトの曲でもやらないかな、とちょっと期待しながら。となりの女性は、ずっとケイタイでメールしていたけど、ギタリストの恋人?だったのかな、それとも単なる散歩中の人?
公園を中央広場へ移動すると人だかりの輪の中からサキソフォンが聞こえる。ギター、ベースにトランペットも加わったジャズカルテット。拡声器をマイク代わりにしてボーカルになったり、口三味線(?)になったり。チェット・ベイカーだったかな、曲名を思い出そうとしばらく聞き込んだ。ゆるく、いい感じ。
この広場の一角にはペタンク場も仕切られていて、リュクサンブール公園の中でもチェス用の机があるコーナーと並んで高齢者密度が高いエリア。この場所にふさわしい落ち着いた印象のジャズ・クインテットが、礼儀正しくデューク・エリントンを演奏していた。クラシックなダンスホールに迷い込んだような印象。クールなエリントンを木漏れ日の中で聞くのも、なかなか乙なものだ。

午後3時からはリュクサンブール公園でジャズを聞き、そのあと歩いてサン・ミッシェルへ戻りながら広場などをチェックする。早めに晩ご飯を食べて、セーヌ沿いにルーブルへ行き、夜10時からのストラビンスキー“火の鳥”公演の行列にピラミッド前で並ぶ、という大まかな計画を立てた。