濃ゆい強羅へ。

(2009.01.05)

わたしは「コンセプト」の元に造られたものがキライだ。「どうだオサレだろ」という上から目線で、表層的な万人受けを狙った意図が成すものはだいたいにおいて美しくないし、潔さもない。それよりも、メーター振り切るほどに「どうにもこれが好きなもので」とか「気がついたらこうなってました」的なものに愛情を感じる。たとえそれが一般的に未だマイナーな存在であったとしても。そこには作為のない個人の愛がみっちり詰まっているからだ。やっぱさー、愛よ、愛。人の心を動かすものは。

ええと、なぜに旅のコラムでこんな初手から自分の嗜好を熱く語っているかというと、今回訪問した強羅のせい。いやあ、半端ないわ、強羅。よい方向にメーター振り切ってるものが満載。次の週末にでもぜひ!のオススメスポットだ。

写真/第85回箱根駅伝

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さて、紅葉が見ごろだという強羅へ母と共に向かったのは11月下旬。仕事の都合で午後出発になってしまったうえに、その日はとくに風が冷たくて、70に手の届きそうな母を連れているとなれば、こりゃあ今日は宿へ直行、と決定。ロマンスカーで小田原へ着いたら登山鉄道で強羅。そしてそのまま箱根登山ケーブルカーへ。うっわ、景色こんなんですよ! 実はケーブルカーの駅と駅の間は、歩いても行ける短い距離なんだけど、こんな景色が見られるとあっては、やはりぜひとも乗るのをオススメ。

中強羅駅で下車し、向かった先は箱根強羅温泉『静峰閣 照本』。目の前には四季の移ろいを映す外輪山が広がる。数寄屋造りの純和風な佇まいは、これぞ、ザ・旅館!いやあ落ち着く~。さっそくお茶入れて温泉饅頭を食べちゃおーっと。


  写真左/昭和時代の
『静峰閣 照本』看板

ひと息ついたら、浴衣に着替えてさっそく温泉へ。ジャクジー付大浴場は透明泉、露天風呂はにごり湯と、2種の温泉が楽しめる。岩風呂露天風呂で母と二人、暮れ行く空にカラスの群れが帰るのを身ながら、「あ~極楽、極楽」と手足を伸ばしていると、後から来たオバサマが話しかけてきた。20年間ずっと、湯治のために月イチで千葉から箱根通いを続けているという。箱根温泉のエキスパートだ。

「ここは最近できた旅館やホテルみたいにモダンでお洒落じゃあないけど、老舗なだけあってお湯が最高なのよ」とオバサマ。

なんでも、新しい施設だと温泉を循環させて用いることが多いが、老舗のここは源泉かけ流しで、そのためか治癒力が違うらしい。「だから新しいところができると一度はそこへ行くけれど、やっぱりここに戻ってきてしまうのよね」とのこと。それを聞いて、いつも以上に長湯をし、顔にばしゃばしゃお湯をかけまくったのは言うまでもない。

さて、温泉でくつろいだ後は、お楽しみの夕ご飯!
温泉、ときたら、浴衣、刺身、ビール。ワインを仕事にしているけど、こーゆー温泉上りの夕食は、やっぱりビールで始めなければ。

運ばれてきたのは、どーんと12品!季節の食材を使った料理がテーブルを埋め尽くします。

浴衣の帯をゆるめるほどに満腹になったら、もうひと風呂浴びるもよし、また卓球に興じるもよし。なんと『照本』には、昔なつかしの卓球台があるのだ! 温泉で浴衣で卓球!この昭和なカンジ。たまりません。

エステやサウナなどの「今」な設備も備えながらも、どこかレトロな雰囲気を残し、優れたサービスと湯質で老舗の格を見せる『照本』。これぞ、ザ・温泉旅館。王道です。

さて翌日は箱根美術館へ。庭園の紅葉はもう、見事としか言いようがありません。平日の午前中に行ったのだけど、昼ごろには観光バスがどかどか乗り付けてきたので、行くなら早い時間がオススメ。

お昼ごはんは、強羅駅近くの『田むら 銀かつ亭』さんへカツを食べに。

昭和48年創業の『田むら 銀かつ亭』は、元々は小料理屋さんだったそう。今のようにカツを売りにするようになったのは、2代目の現オーナー、田村洋一さんが店を継いでから。

「歯を悪くした母が、柔らかい料理ばかりでなく、たまには脂っこいものも食べたい、と言うので考えました」というのが、オリジナルの豆腐かつ煮。豆腐の間にひき肉を挟み、トンカツのように揚げたものだ。近所に湧き水を用いる豆腐屋さんがあったこともヒントになったという。「豆腐の中にひき肉を挟むのですが、それが飛び出さないよう工夫するのにも時間がかかりました」。

メニューは豆腐かつ煮御前と、豆腐かつ煮定食の2種類。

そして、この豆腐かつと『銀かつ亭』の両輪をなすのが、特別な豚を用いたトンカツだ。田村さんは食材にこだわるうち、5、6年前から本格的に良い豚を探し始め、やっと現在扱う3種類の豚にめぐり合えたという。その豚とは、静岡県富士宮市の豚博士、桑原康さんが改良した「ルイビ豚」と「富士の黒豚」、そしてグローバルビックファームが育てた「和豚もち豚」。

どれも優良品種を交配させ、放牧、非遺伝子組み換え肥料、抗生物質無添加で育てられた一級品で、生産量もごくわずか。ルイビ豚は週に1度しか入荷がないそう。

これがアータ、めっちゃおいしいんですよ!サックサクの衣の中のジューシーな肉は、箸でも切れそうなほどサックリ柔らかくて、軽やかかつ深い味。たっぷりの脂は、甘ーくて、でもサッパリ。ソースなんてつけなくても肉の旨みだけで十分においしくいただける。

どれだけおいしかった&軽やかだったかというと、私と母でそれぞれ豆腐かつ煮の御前と定食を食べたあと、ルイビ豚のトンカツもぺろりと平らげたほど。大げさでなく、こんなに味わい深いトンカツ食べたのは生まれて初めて。

豚だけでなく、田村さんは「子供たちに安心して食べてもらえるものを」ということで、使う食材すべてにこだわりを持つ。卵はP.Bio(ピービオー)を肥料に加えた鶏からのものを使用。P.Bioはフランス・パスツール研究所生まれで、飼料に添加することによりお腹の中の調子が良くなり、動物本来の健康状態が維持されるという。

揚げに使うのは米油。「肉のうまみを最大限に引き出しますし、コレステロールを低下させる働きがあるのです」と田村さん。

メニューの数を絞り、カツに特化してとことん食材を突き詰める志やビバ! いつ行っても長蛇の列に並ぶこと必須だけれど、それだけの価値は十分にある。

 

 
写真左/昭和時代、雪の強羅駅
 
写真左/昭和時代、冬の強羅公園 噴水