from 北海道(道央) – 9 - 「彫刻」と対話し、自分の「魂」と向き合える場所。

(2009.09.18)
子供たちが遊べる遊具もある「アルテピアッツァ美唄」。

北海道の近代史は「石炭」採掘の歴史とも言える。

北海道の近代史は、工業化を推し進めようとする明治政府の方針により、空知(そらち)地方で採炭された「石炭」を、いかに効率的に本州へと運び出すかという命題の解決にあったと言っても過言ではないでしょう。

小樽港の整備。とりわけ防波堤の整備がスタートした小樽港の西端・手宮(てみや)から石炭を本州に向けて積み出すために、手宮から空知まで鉄路を拓くという作業が行われ、国内で3番目の鉄路が北海道に敷かれた由縁でもあります。

「炭鉱遺跡」の話は、また日を改めて。

 

「美唄(びばい)」という街に。

空知管内にある美唄市は、最盛期に約9万人もの人口を抱えていたのですが、そのほとんどが石炭の採掘作業に関連した就労人口でした。全国の炭鉱はどこも同じような状況だったのでしょうが、採掘作業が始まると同時に大勢の人間が一斉に送り込まれ、閉山とともにほとんどの人たちがその土地を離れることから、旧産炭地は疲弊するとともに、当時の人々の「生活の息づかい」を感じることのできる施設が、無残に放置されている状況を散見することができます。
 
美唄市出身の偉大な彫刻家・安田侃(やすだ・かん)さん。現在も大理石の産地であるイタリア・トスカーナ(Toscana)のルッカ(Lucca)にあるピエトラサンタ(Pietrasanta)にアトリエを構え、大理石とブロンズによる彫刻の創作活動を続けていらっしゃいます。

ピエトラサンタの人口は約24,000人と聞いていますが、現在の美唄市の人口である約27,000人という数字に類似を感じるとともに、「トスカーナのワインを飲みたい!」という欲求を沸き上がらせてくれます(笑)。
 
さて、自分が安田侃さんのことを知ったのは、自分が師とも仰ぐ河合隼雄先生が「明恵と聖フランチェスコとの関係性」を述べられていて、安田さんがイタリア・アッシジの聖フランチェスコ大聖堂で「人生を愛することは、平和を作ることだ」展(2005年6~10月)を開催するに当たって河合先生が寄稿された文章に偶然出会ったときからだったのです。

「京都の次に好きな街が小樽」と常々語っていたと言われる河合先生が、北海道の美唄出身の安田さんの作品に「魂」を揺さぶられたというのも何かの縁なのでしょうね。
 
ちなみに、安田さんの作品は、東京では「東京ミッドタウン」「三菱商事丸の内本社ビル」「トルナーレ日本橋浜町」、西宮では「兵庫県立芸術文化センター」、宮崎では「宮崎県立美術館」などにもあり、全国各地で皆さんの意外と身近なところに存在しているかも知れませんよ。
 
安田侃

安田侃さんの作品を鑑賞できるスペース
来訪者の想い出が詰まる「ノート」。

 
「命の洗濯」ができる広場。

廃校となった旧・栄小学校の木造の建物を、どのように残し、活かそうかという模索が続き、1992(平成4)年7月に「アルテピアッツァ美唄」がオープンしました。
 
アルテピアッツァ(Alte Piazza)=芸術広場。

「安田さんが、美唄市内で自分のアトリエになるところがないか探していたところ、旧・栄小学校の体育館が地域のコミュニティセンターとして利用されていることを美唄市から紹介され、むしろアトリエではなくギャラリーとして利用できないかと考えられ、スタートしたのです」と語ってくださったのは、NPO法人アルテピアッツァびばいの伊東奈美(いとう・なみ)さん。

笑顔もとっても素敵な伊東奈美さん。
運悪く、この日は「水」が張られていなかったのだが、「この作品に素足で佇み、涙される方もいらっしゃいます」という空間。
北海道・美唄という空間と安田作品との調和を感じられないでしょうか……。
子供たちの目線から眺めてみる。
丘を登ってみると、子供たちが元気よく彫刻と戯れている。
旧・小学校校舎内での彫刻たち。
一つの大理石を削って作った作品。「魂」に圧倒的な力で語りかけてくると同時に、奥深い優しさを感じることができた。
「天翔の丘」

 
「天翔の丘」は2003(平成15)年に完成し、「自分と空と大地」だけが見えるように考えられたそうで、子供の目線から見ると確かにそのとおりということを体感できます。

現在彫刻は43あり、安田さんがイタリアから帰国されたときに、空間の整備、彫刻の位置を移動させたりしているそうで、一つの彫刻を見るというよりも、この空間全体を自分自身で「感じる」ことができる場所であるということが、実際にここに足を運んでみると心の底から理解できます。
 
 

「過去と現在、そして未来を結びながら、自然と彫刻が調和する美しい空間」。

今は幼稚園として利活用されている。
幼稚園で元気に遊ぶ子供たち
幼稚園の窓から眺めた風景
すべてはここからスタートした「体育館」。
体育館の2階から撮影

地元の親御さんたちには、この空間で子供たちを健やかに育てたいという気持ちが伝わり、幼稚園は定員一杯の状況とのことで、確かに窓から素晴らしい芸術空間が広がり、自由にその空間で遊ぶことができるのであれば、子供たちの心は「豊かにならないはずはない」とも思いました。

オープン当初、ギャラリーにして使おうということでスタートした体育館ですが、音楽ホールとしても使用されていて、確かにこの空間で音楽を楽しむことは、最高の贅沢でもあるでしょうし、実際に某放送局の音響スタッフのお墨付きもいただいているそうです。

体育館2階には、安田さんの作品をビデオで鑑賞したりできるスペースがあり、そこには来訪者が自由に書き込みすることができる「ノート」が置かれています。東京から来られているお客さまが多いことも分かりますし、かつてこのノートに書かれている内容に写真を加えて『また来ます』(求龍堂)という本にして出版したとのこと。
 
「都会で疲れ果てて、半日だけここで時間を過ごしたいと言って、ここを訪ねてくださる方もいらっしゃるのですよ」と伊東奈美さんは教えてくださったが、お気に入りの赤ワインと簡単なランチボックス片手に日がな一日「ぼーーっ」と時間を過ごすことができれば、最高の時間となるはずです。

自分なら、赤ワイン片手に一日のんびりと過ごしたい空間。

「バーベキューをやったり、景観を損なうパラソルを広げたりされない限り、ビールを飲みながらでも、ワイン片手にでも、思ったままにこの空間を使ってくだされば」とも。新千歳空港からはJRにて約90分で美唄駅に到着できます。その後、市民バスにて20分でこの土地に到着することができます。

「いつ来ても変わらない、けどいつ訪れても新しい発見がある。皆さんにとって、そういう場でありたいな……、と思っています」と、伊東奈美さんはとっても素敵な笑顔で応えてくださいました。
 
アルテピアッツァ美唄